INTERVIEW
自他共栄のスローガンを胸に
茨城県 関東ブロック
根本 暁生
Akio Nemoto
常陸太田市は、徳川光圀公(水戸黄門)が隠居した西山荘があり、観光地として有名。「黄門の里」と謳っています。私のふるさとは常陸太田市の国安町で、人口は5,000人、常陸太田市は5万人です。私は大学進学のときに東京へ行き、12年離れていて戻って来ました。家業は電気工事業ということもあり、卒業後同じ系列の大手の企業に勤めていましたが、長男なのでいずれ家業を継ぐ意思はありました。そのため、途中で1年半ほど設計事務所にも出向し、電気工事業のノウハウだけでなく設計のノウハウも覚えて戻って来ました。
地元で父が創業し、今年で創業70周年です。これから100年へと繋ぐのが私の使命ですね。地元を大切にしながら商売を続けていきたいと思っています。とはいえ、都会慣れして戻って来たので、交通機関、仕事のやり方も違うところがありました。茨城の地域性もあるかと思いますが、田舎の風土でのんびりした考えをすることが多いし、仕事を進めるにも田舎は残業が少ない。また、田んぼ仕事があったり祭りに時間をさいたり。兼業農家さんもいるので、田植え・稲刈りそういったものをライフサイクルの中に入れ込んでいたり。それを理解する会社側の姿勢もあるので、そういうのを見ていると時間がゆっくりと流れているなと感じています。
商工会青年部に入会したきっかけは、地元の先輩から誘ってもらったことです。また、父も商工会青年部で県青連の会長を経験していたこともきっかけの一つになりました。3年くらいして親睦委員長になり、副部長、部長をやっている時に県青連の理事になり、そして現在会長をすることに。
会長になるときはかなり悩みました。茨城の商工会青年部として、歴代の層が厚く、上下の繋がりも強く、また横の幅も広い中でまとめて部員のために前を走れるのか。そういう不安がありました。実際になってみて、イメージとは違うな、と。役職は人を育てるという部分がありますが、役職で前よりは自分が変わっていると感じています。大勢の人の前での挨拶、全国大会では青年部宣言を3,000人の前でしたり。人前で話すときは最初の頃はネタを用意して、いろんなことを話さないと、と思って挨拶が長くなりがちでした。最近は短く完結に話すことが聞き手にとっては入りやすい。また、自分の中で多少度胸がつきました。いろいろな地区を回ることがあるので、他の単会がどうなのか、地域性や商工会青年部のあり方、政治との繋がりを勉強させてもらっています。
最近は中小企業、小規模事業者、これが元気がありません。頑張って仕事している中でなかなか成果を出せない。多少景気は良くなってきたが、自分自身の商売に不安を持たれていたり、やりたいけどできない問題を抱えている人がいます。それを、小規模事業者への補助金を利用して新たなチャレンジ、新たな発想、新たな開拓、そういったことを考えていただくことが大事だと、それを訴えています。
もう一つは、商工会青年部活動を通して今しかできない仲間作りももちろん大事ですが、自分の商売も大事で商売があってこそ活動ができます。仲間作りで懇親会で楽しかったと終えるだけではなく、経営者としての後継者としての資質向上、自己研鑽を磨く術を持っていただきたいです。そのために、研修会、会議、総会などで研修事業をしていますので、そういった中で得ることを勉強してもらいたい。
町としては、ショッピングモールを早急に実現し、子育て支援もさらに加速しながら外から定住者が増えて、町が潤って、商工会青年部員の商売が続くような発展を望んでいます。