INTERVIEW
地域の命を守るために
全国 全国ブロック
越智 俊之
Toshiyuki Ochi
私が生まれたところは、広島湾の沖合に浮かぶ江田島です。ここを起点に一つは地域密着で広島県内を中心に土木業を行い、さらに我社は特殊技能を持っているため、それを活用して全国、海外へ展開をしています。北は岩手から、南は台湾までエリアは広がりつつあります。
また、もう一つは昨年立ち上げた「瀬戸内生活様式研究所」。瀬戸内の隠れた魅力ある逸品や、地元江田島から広島、瀬戸内を一つのパッケージとして盛り上げていくことを目的とした会社です。土木と生活様式研究所、この二つを総じて『三興建設』という名前で事業展開を行っています。0歳で父母に連れられ江田島へ来ましたが、東京で大学を卒業後に江田島へ戻ることは当たり前のように思っていて、特に抵抗はなかったですね。むしろ高校時代まで仲間と遊んだ江田島の自然が忘れられなかった。地元のために何かをしたいという気持ちがありました。
28歳で商工会青年部に入り、仲間のほとんどは中学生の頃の同級生。団塊ジュニア世代なのでよく遊び、楽しいばかりの時代でしたね。
会長になったのは39歳の時。楽しい青年部という感覚から、活動が自分の仕事の苦しさをわかってくれる癒しの場に変わっていました。そして、広島県青連の会長というチャンスが回ってきた時、地元に還元したいと気持ちが大きくなりました。江田島あっての自分、地域の未来に前向きでいたかったですね。
全青連の会長になったのも「私がやることが青年部のためになるか、地域のためになるかどうか」そこがすべての判断基準で、大切な覚悟でした。会長就任後は、1年4ヶ月をかけて全国の青年部を回りました。現地へ行って酒を酌み交わしながら青年部員の生の声を聞いて。それは私にとって大きな経験であり、宝になっています。実感したのは、どこの地域も人口減少、少子高齢化という同じ悩みを抱えていること。ここで団塊ジュニア世代の我々が頑張らなければ、未来はない!そう思ったとき、国に対しても経済団体として補助金を含めた政策、税制などを訴求していかなくてはならない。その説得力が47都道府県を回った私の成果であり、使命なのです。
地域振興で大切なことは「自分たちの地域をどうしたいか」はっきりしたビジョンを持った方がいいということ。自分たちの仕事が何に役立っているのか。建設業であれば、何のためにこの道を造り、防波堤を造らなければならないのか。それは、人の暮らしを守るためです。さらに、ではなぜそうする必要があるのか?そこに答えを見出せることが、本当の地域振興ではないでしょうか。豪雨災害の復興・復旧、観光インフラなど事業につながる一つひとつは、すべて地域の発展と密接に関係する。その目的のために『共創』することはできないだろうか。むろん信頼関係は大切です。もっと話を深め理解し合い、それが進むと凄いインベーションが起こるような気がします。それが『共創』の社会だと思います。今はまだきっかけ作りにすぎないかもしれませんが、地域からこうしたムーブメントが広がると、日本はもっと面白くなると思っています。