INTERVIEW

地域へ感謝と恩返し~そして未来へ繋ぐ!

和歌山県 近畿ブロック

前田 竜宏

Tatsuhiro Maeda

感謝と恩返し

和歌山県は、紀伊半島にあります海と山に囲まれた幸多きところで、『紀伊山地の霊場と参詣道』として世界文化遺産にも登録されました、神々が鎮まる特別な地域でもあります。そんな和歌山県の有田地方にあります湯浅町が私の生まれ育った地元であります。
少し湯浅町の自慢をさせていただきますと、日本食には欠かせない『醤油』の発祥地として日本文化遺産にも登録されました醤油の町でもあり、古来より熊野古道の宿駅として栄えた宿場町で、有田みかんをはじめ沢山の美味しい柑橘や、しらすや鯵といった新鮮で美味しい魚介類が楽しめる美味しさに溢れた町でもあります。そして私はそんな湯浅町で150年続く『しらす屋』の五代目として頑張っております。明治初期のころより今日まで元気に続けてこられましたのは、地元の全ての方々お陰です。本当に感謝しかございません。そんな地元に恩返しの気持ちを形にし、もっともっと元気いっぱいな町にしていきたいと考えています。私の仕事や青年部の仲間を通じて先ずは、地元の子供たちや、若い世代に、まだまだ知らない地元のカッコいいところや、誇れるところ、自分の町の凄さや可能性を知ってもらい、地元のファンを増やして行きたいと思っています。これからの子達に地元愛が溢れたら、10年、20年先がめちゃくちゃ楽しみですからね。

守り・伝え、変わる。五代目の挑戦!

私の仕事は、慶応~明治初期のころより約150年続く『しらす屋 前福』の五代目として受け継いでおります。初代前福である『前田福松』が明治三十六年に『前福』を設立し、前福の『しらす歴』はもう一代遡ります。前田福松が父『前田十助』が鰯、シラスを主とした魚屋をしていたのが始まりとされております。そしてこの十助なんと『盲目の十助』という異名をもつ盲目の魚屋だったそうです。手や耳の感覚が人のそれとは違い、神がかってたと言われ、一説では、まな板の上に魚を落とした音で、魚の重さを一分狂わず言い当てたという伝説があります。そんな凄い祖父ちゃん達が今に教え伝えてきたモノ全てを、今度は僕が子や孫、そして次の百年へと伝え、守る使命をいただきました。時代が変化するスピードはとてつもなく早く、時代の変化やニーズに対応したスピーディーな進化が求められる中、古き良きを守り伝えることの難しさを実感しております。沢山の青年部仲間との情報共有やヒント、またお互いに励ましあえる環境が凄く支えになり、前に進んでいく大きな活力になります。まだまだ足りないコトばかりですが、しっかりと目標見据えアップデートしていきたいと思います。そうした進化が地域の発展や雇用など地域貢献に繋がればいいなと思います。そして偉大な祖父ちゃん達に胸を張れる五代目になりたいですね。

沢山の出会いと成長

私の所属する湯浅町商工会青年部は、部員数32名の愉快で元気な仲間が集まる単会です。もともと私は、会など組織的な活動は苦手なタイプで、ましてや人前で話したり、リーダーシップをとるなどといった事に関しては全くダメな人間でした。そんな私が商工会青年部に入部したきっかけは、地元で仲良くしてもらってた先輩に誘われたのがきっかけでした。どんな会なのか何となく理解はしていましたが、他の部員に比べれば遅めの入部だったので、皆でワイワイしながら役職にもつかず過ごせるかと淡い気持ちでいましたが、気付けば入部二年目で部長になりました。そこからは、とんとん拍子で県青連理事、副会長、そして相談役を経て会長です。入部当時の私には考えられないコトです。会長だなんて夢にも思わなかったですね。でも、この怒涛の青年部活動は、確実に私を成長させてくれました。普段の単会での活動では、けして出来ない経験や体験。そして何よりも県の枠を超えた沢山の青年部仲間との出会いが私に変化と成長をもたらせてくれました。だから単会の枠では見れない世界を出来るだけ多くの単会の仲間に見てほしい出会ってほしいと考えています。沢山の出会いの橋渡しをして行きたいですね。こんなに沢山仲間がいるのに出逢わないと勿体ないですから。

事業所情報

商工会名
湯浅町商工会
企業名
株式会社 前福
青年部員名
前田竜宏
代表者名
前田竜宏
企業業種
水産加工製造業
設立年
明治36年
従業員数
14名